19980201
1998年2月01日

「キリストは死を滅ぼし」

テモテへの手紙U1章3−14


 神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたし

たちの行いによるのではなく、ご自身の計画と恵みによるのです。・・・この恵み

は、今やわたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたもの

です。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました」。

 テモテへの手紙のUはパウロが個人的なタッチが弟子である若い伝道者テモテに

伝道者の心を伝えているという体裁で書かれていますが、これはキリストのために

奉仕する人々がすべて聞かなければならないことです。わたしたちの教会でもさま

ざまなかたちの奉仕が展開されています。その務めは楽しく感謝に満ちた喜ばしい

ものでしょうか。その喜びは激しい非難や死の脅かしにも揺り動かされることのな

いしっかりとした根によって支えられているでしょうか。ここは、初代教会の迫害

時代のキリスト者が聞いた励ましのことばがあります。

 ここでは、わたしたちを救いへと呼び出してくださったのが、わたしたちの行い

によってではなく、神の恵みの計画によるものだというだけでなく、わたしたちの

キリストのための奉仕の働きも、わたしたちの行いによるのではなく、主の恵みの

計画によることを明らかにしています。罪人であるわたしたちが赦され一方的な恵

みによって贖いを受けたことは、わたしたちはよく知っています。しかし、キリス

トのための奉仕も同じ事情によるということを忘れることはよくあります。奉仕の

務めに就くとき、「聖なる招き」が明らかでないと、あるいはあいまいで、自分の

決意や、自分の能力や、周囲の期待が中心であると、根のない働きになってしまう

のは確かです。嵐に吹き飛ばされるのです。自分を捨てることが求められています。

しかし、「聖なる招き」は、神のいたずらや悪意による招きではありません。恵み

の計画による招きであって、それは恵みに始まり、もっと大きな恵みを味わうため

に、そして恵みそのものが実現するための招きです。

 また、ここに、「キリストは死を滅ぼし・・・」というキリストの復活について

の教会の告白形式があります。一人の人の復活という奇跡的な出来事が、死を滅ぼ

し死を無力化するという普遍的な事態として語られています。注目すべきは、この

福音の出来事の意味について知るだけでなく、「永遠の昔に計画されたことが、今、

ここに実現しているという時の感覚があるということです。この「今や」に目を開

かれていることが、福音をになって忍耐しつつ奉仕の務めを果たすときの力です。

 「今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかになったこ

と」のただなかにわたしが立っているという知識を伸ばすこと、これが奉仕を続け

る根です。
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