使徒言行録16:6-15
パウロの第2回の伝道旅行は、福音の伝えられる方向を決定した歴史的な出来事で すが、その道筋を決めたのはまことに不思議な言葉です。「アジア州で御言葉を語る ことを聖霊から禁じられたので・・・」、「ピテニア州に入ろうとしたがイエスの霊 がそれを赦さなかった」、そして、トロアスでマケドニア人が幻に現れて、「マケド ニアに渡ってきて、わたしたちを助けてください」と懇願したのです。福音の進路を 妨げ、阻んでいるのは、ここでは聖霊です。何故にアジアから先に福音が伝えられな かったのか、その理由は分かりません。ただ、聖霊の導きによって、また幻の導きに よって進路が決められています。伝道者たちも、自分の見通しや計画によってではな く、聖霊の導きと信じてその進路を決めているのです。「マケドニアに福音を告げ知 らせるために、神がわたしたちを招いているのだと確信するに至った」と。まことに、 わたしたち信仰者の進路は、このようにして決められます。 トロアスから船出してフィリピへ。アレクサンダー大王の父の名を頂くこの町は、 ローマの歴史にもその名をとどめ、またわたしたちはフィリピの信徒への手紙を通し て親しみを感じる町ですが、この町の盛大な皇帝礼拝の故でしょうか、ユダヤ人の街 道は町の中にはなく、町から遠く離れた川原で、婦人たちを中心に安息日の集会がも たれていました。ヨーロッパ世界が命に至る門は、このような所に開かれていました。 この町での初穂は、テアテラ市出身の紫布を商う人、神をあがめるリデアという婦人 でした。パウロの語ることに注意深く心にとめ(このことばは、緊急の事態として受 け止めたというニュアンスがあります)、主イエスの十字架と復活を通して語られる 神に立ち帰るようにとのすすめを、遠くの声ではなく、自分に迫ってくる緊急の対応 を必要とする声として聞いたのです。主はこの人の心をこのように開かれました。家 族と共に洗礼を受けると、「わたしが主を信じるものとお思いでしたら、どうぞ私の 家に来てお泊まり下さい」と、申し出ます。この強制、この迫力はどこから来るのか、 そこに、リデアの主イエスとの出会いが見えます。主イエスが十字架において自分の ために成し遂げてくださったことを、感謝をもって受け入れ、信じ、新しく生きるも のとなったことを、どのように現すか、彼女は、ただちに具体的な自分の課題として、 主に従うこと、自分を用いること、自分を捨てることを始めているのです。この強制 力は、リデア自身が主イエスから感じ取っている強制力を反映しています。