使徒言行録20:29-38
エフェソの教会の長老たちに語ったパウロの決別の言葉は、後世のわたしたちに使 徒言行録の著者自身が語りかけている言葉のようです。その第三のポイント、教会が 将来必ず「狼」によって荒らされること、またあなたがた自身の中からも邪説を唱え て弟子たちを従わせようとするものが現れる、と将来の危機を予測しながら、「神と その恵みの言葉にあなたがたをゆだねます」と語っているところ、この教会の危機の 認識と危機を乗り越えることへの信頼を、わたしたちも深く学びたいと思います。 パウロはここで、非常に強く断定的な調子で、「わたしは知っている」と言います。 自分が心血を注いで伝えてきた福音の実りとしての教会が、やがて必ず崩壊の危機を 経験する。残忍な狼、教会を食い荒らす異端的な言説をするものが現れ、今涙を流し ながら聞いている長老たちの中からも邪説を唱え分派を形成する、まだ起こっていな いことを確実なこととして知っている、というのです。このような悲観的な見通しは、 かえって教会の交わり、信頼感に亀裂を生じさせることになるのではないか。ここに は、主イエスが最後の晩餐の席でイスカリオテのユダの裏切りについて語られたのと 同じような不穏なもの、人間の罪の根源をえぐり出す響きがあります。最も信仰深い ものの群れの中に、人間の最も根源的な罪、野心の働く場があることを告げています。 主の教会の形成にあれほどの情熱と検診を尽くすことのできるパウロが、これほどの 醒めた教会の現実と将来についての認識を持っていることは、驚くべきことです。 この将来の危機の認識は、どのような危機管理の方策をもっているかが問題です。 三つのことがあげられています。3年間涙を流しながら教えてきたパウロの言葉を思 い起こして目を覚ましていること、神と、その恵みの言葉にあなたがたをゆだねるこ と、そして、パウロが自分の手で働きながら弱いものを助けてきたように、あなたが たもその模範に倣うように、ということです。パウロの教えと、その教えに従った生 き方を先例として提示しながら、み言葉にゆだねるという構造です。これはパウロの 教えや生き方とみ言葉の権威を並列させているのではありません。教会は、恵みの福 音、みことばの建徳的な力、形成力にその源泉を持つゆえに、「あなたがたをゆだね ます」といっています。み言葉に力によって教会は立つことへの信頼と確信、これが まことに悲観的な教会を襲うであろう崩壊への危機への見通しを凌駕しているのです。