12月8日
2002年12月8日

「マルタ島上陸」

使徒言行録28:1-16


 嵐の中、暗礁に乗り上げて、激浪に砕かれ、船尾のほうから壊れてゆく。船乗りた

ち、兵士、囚人だれかれなく泳げる者は海に飛び込み、他のものは船具につかまって

必死に陸地に向かう。11月の嵐の海、パウロが語ったとおり、一行が全員無事に上

陸したということはまことに奇跡的なことでした。その後、マルタ島に上陸して起こ

った出来事は何かユーモラスな一挙にタイム・スリップして古代に舞い戻ったような

情景が続きます。島の人たちは親切で笑顔に満ちています。「わたしたち」に対して

焚き火をたき、親切の限りをつくし、冬の間276人もの全てを失った遭難者を受け

入れて世話をし、遭難者を大いに尊敬し、送り出しているのです。そのマルタ島民と

遭難者の交わりの中心に囚人パウロがいます。

 使徒言行録の記者ルカはマルタの島民のことを「バルバロイ」と呼んでいます。こ

の語には、「野蛮人」という響きがあります。しかし、この人たちはまことに親切

(ここでは「フィランソロフィー」(人間愛)という語が使われています)です。

「バルバロイ」と「フィランソロフィー」の組み合わせ。洗練された精神の中に高度

の人間愛の実践をみるのではなく、考えも及ばないような親切を一貫して示してきた

のは島の住民です。その人間愛を支えているものは何か。それは、彼らの宗教、神へ

の畏敬、信仰心でしょう。その彼らの信仰の内容を端的に示す出来事が起こりました。

パウロが焚き火のために枯れ枝を集めて火に投げ込もうとした時、マムシが出てきて

パウロの手に絡み付いたのを見て、島の人たちは「この人は人殺しに違いない。海の

中から救い出されても、ディケー(正義)の女神がこの人を許しておかないのだ」と

言った、というのです。そして、しばらく様子を見ていても、パウロは一向に体が腫

れ上がってしまうこともなく、倒れて死ぬこともないのを見て、「この人は神様だ」

と一転、評価が変わった、と。運命を強力な力で支配できる者は神、という感覚でし

ょうか。さらに、島の長官プブリウスの父親の下痢と熱をパウロが手を置いて治した

ということもあって、多くの病人を連れてきて治してもらった。このようなことがあ

って、マルタ島での3ヶ月が笑顔の中で過ごされます。マルタ島の人たちが生きてい

る社会の秩序、その秩序が機能することによって表されている遭難者への人間愛、そ

れはきわめて高度なものですが、それを支えているのは悪に対する神の報復を恐れる

素朴な宗教心、神的なものを畏敬する心でしょう。主イエス・キリストによって啓示

された唯一の神を信じるパウロはこの信仰に対して、どのように向かい合っているか。

「この人は神様だ!」と言い始めた人たちに、ルステラの時のように、「わたしたち

はあなたと同じ人間です」と激しく抗議することはしません。「人殺しに違いない」

と言われる時も、また「神様だ」と言われる時も、淡々と人の世話をしています。出

来事によって評価が変わる神様と向かい合って生きているのではないからです。


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