テトスへの手紙2章1−15
「実に、すべての人々に救いをもたらす神の恵みが現れました。その恵みは、わた したちが不信心と現世的な欲望を捨てて、この世で思慮深く、正しく信心深く生活 するように教え、また祝福に満ちた希望、すなわち偉大なる神であり、私たちの救 い主であるイエス・キリストの栄光の現われを待ち望むように教えています。」 テトスの手紙が宛てられているクレタの教会は「クレタ人はいつもうそつき、悪 い獣、怠惰な大食漢だ」と、ことわざに言われるクレタです。そこにある教会のさ まざまな構成員に対して、「酒におばれてはいけない」とか、「暴力をふるっては いけない」とか、まことに庶民的ないましめが教えられています。全体としてみる と健全な教えに従い、正しい良心に照らされて上品で思慮深く生きるようにという 牧会書簡独特の奨めがなされています。個々の良い行いや一時的な情熱的な行動よ り継続的な愛の行為に熱心で、人格全体がよく統御された状態の人となるようにと いうのです。 このような生活規範、生き方のすすめは内容的には当時のギリシャの哲学者によ って勧められた生き方と大差はありません。また現在どこの社会においても大事だ とされている生き方です。問題は、何が人をそのような健全さ、思慮深さに向かわ せるかということです。ここでいささか唐突にケリュグマ(使徒から伝承されたキ リスト教の教えの要約)が出てくるのです。 何が人を健全に思慮深くするのか、人を内側から造り変え、静止的にではなく動 的に良い方向に向かって歩み出させるものなのかについて、それは「神の恵みが現 れ、神の恵みが教える」というのです。「すべての人々に救いをもたらす神の恵み が現れた」という言い方は、ローマの皇帝礼拝のなかで使われたことばだと説明す る人がいますが、非常に重々しい響きと輝きを感じさせます。ここでは従って、わ たしたちが健全で上品で思慮深く生き、信仰と愛と忍耐をもって生きるために、神 の恵みの衝撃がなければならない、いや神の恵みがそのように現れたというのです。 神の恵みの衝撃が不信心とこの世的な欲望を捨て去らせ、キリスト・イエスの来臨 を待ち望ませるようになる。恵みが現れたことによって、その恵みにより頼んで生 きるところから、恵みから生きることへと教えられる。このように「恵みの教育力」 が言い表されているのです。ここであらわされた衝撃的な恵みは、「キリストはわ たしたちのためにご自身を与えてくださった」ということです。秋山牧師の説教集インデックスへ戻る