出エジプト記18:1-12;マタイによる福音書 3:13-17
神の山ホレブに宿営をしていたモーセのところに、ミデアンの祭司でモーセのしゅう とエトロが、先に帰していたモーセの妻チッポラと二人の息子ゲルショムとエリエゼル を連れて会いにやっていきました。「神がモーセとその民イスラエルのためになされた すべてのことを聞いた」からです。モーセとエトロのこの邂逅、それは単に一つの家族 の出来事としてだけでなく、神の民が形成されるための一つの大切なステップとして意 義があると考えます。 モーセにとってミデアンの祭司エトロは、しゅうとであるだけでなく、荒れ野の学校 におけるモーセの指導教師だったでしょう。モーセが神からの召し出しを受け、大きな 使命をいただいてエジプトに帰っていった時、「無事に行きなさい」と娘も孫も共に快 く送り出したのは、モーセに起こったことの意義を深く理解することなしには起こりえ なかったことです。そして今、大きな仕事を成し遂げて荒れ野に帰ってきたモーセに会 いに来ています。モーセは、「出てきてしゅうとを迎え、身をかがめて口づけした。彼 らは互いに安否を尋ねあってから天幕に入った。モーセはしゅうとに、主がイスラエル のためにファラオとエジプトに対してなされたすべてのこと、すなわち、彼らは途中で あらゆる困難に遭遇したが、主が彼らを救い出されたことを語り聞かせた。」このよう な言葉によって生き生きとその情景が浮かび上がってきます。エトロとモーセの邂逅に おいてなされたことは何か、それは、簡単なこと、それぞれのシャロームを尋ねること、 そして、聞くことと語ることです。主がなされたことを語り、その救いの出来事を深く 聞いて共感し、感動し、ともに主を讃美すること、そのような交わりを持つことです。 モーセはここから出て、またここに帰ってきました。その間にあったことをかたり、ま た聴く、この交わりがあることによって、神の民の歴史が確かに形成されているのに気 づきます。この交わりがあって、また新しい歴史を形成することに向かって歩み始める ことができます。 エトロがしたもう一つの大切な仕事は、モーセとイスラエルの民とともに主を礼拝す ることへと導いたことです。主を讃美し、主の働きを物語り、犠牲をささげて食事を共 にする、その内容は、今わたしたちがしている礼拝の基本要素と同じです。この交わり とこの礼拝が主の教会を形成するのです。