ヨブ記 9:1-24 ; ヘブライ人への手紙 2:5-10
ヘブライ人への手紙は、御子イエス・キリストが天使たちにまさって遥かに優れ た方であることの論証に続いて、その御子がわたしたちの弱さと罪を担って、自ら 苦しみと死を味わうことによって「救いの創始者」となられたことが語り出されま す。そのことを論証するために、詩篇8編の言葉が引用されます。詩篇8編は「主 よ、わたしたちの主よ。あなたの御名はいかに力強く、全地に満ちていることでし ょう」との神を賛美する言葉が初めと終わりにあって、その賛美に囲まれて、宏大 無辺の天空、太陽や月や星を仰ぎ、これを造られた神に思いを致しています。無限 のものの前に立つ有限なる者、人間の卑小さ、小ささ、弱さに気づかされるととも に、この小さな、弱いものである人間に特別な尊厳性と責任をゆだねられているこ とについて語り出しています。神の造られた天と地の中で生きる人間の卑小さと高 さと、二つの方向についての認識、センス・オブ・ワンダーが語り出されています。 「そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は 何ものなのでしょう、あなたが顧みてくださるとは。神にわずかに劣るものとして 人を造り、なお栄光と威光を冠としていただかせ、御手によって造られたものをす べて治めるように、その足もとに置かれました。」ここで語られている人間、人の 子は、明らかにこの詩では詩人を含む私たち人間のことです。しかし、この手紙の 著者は、御子主イエス・キリストのことだ、というのです。そして、『わずかに劣 るものとして』という言葉の中に、主イエスの受肉、受難、十字架の死を読み取り、 「栄光と威光とを冠としていただかせ」という言葉のちに復活と昇天、そして栄光 の座に座しておられる主を見ているのです。不思議な旧約の言葉の読み方です。こ れは論証というより、今実現している主イエスの出来事から旧約を読み込む読み方 で、旧約の言葉は新約の主イエスの出来事を指し示すためにあるという確固たる信 仰に立って語っているのは明らかです。「神の恵みによって、すべての人のために 死んでくださった」という主イエスを通して現わされたあまりにも不思議な、わた したちの想像を絶する大きな神の御業を前に、どんな論証も追いつかず、わずかで もその事実に触れている臭いのする言葉が選ばれているのです。
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