エレミヤ書 17:5-12 ; ヘブライ人への手紙 13:7-16
ヘブライ人への手紙の最終章は、この世に生きるキリスト者の生き方、すべての 人と平和に過ごし、聖なる生活をすることを通して神に近づくという生活の具体的 なかたちが示されています。7節には神の言葉を語った指導者たちのことを思い起 こし、その最後を見て見倣うようにとの指示、17節は現在の指導者に従うようにと の指示があり、教会の指導者が果たすべき役割と指導者への従順が共同体を健全に し、活性化するための処方箋として記されています。 み言葉を語った「指導者」として、初代教会には、使徒や預言者、長老や監督と 言った職務が次第に定まっていたことが知られています。直接に神の言葉を語る職 務も、また、旅人をもてなしたり病気の人の世話をしたりする奉仕者も、「神の言 葉を語った指導者」の中に入れられるでしょう。それらの指導者たちの「生涯の終 わりをしっかり見て、その信仰を見倣いなさい」と言われます。「終わり」と訳され ている言葉は、「成し遂げたこと・成果」を意味しますので、すでに召された人たち がどのような終わり方をしたか、だけでなく、どのような生涯を送り、どのような 事を成し遂げ、成果をあらわしたかを見て、その信仰を見倣いなさい、と言うので す。神の言葉を語った指導者の生涯の全体は、まさに、神の言葉がその献身者の内 でどのように働いたか、み言葉が生みだす信仰と愛と希望の実証材料だ、というわ けです。興味深いことに、この言葉は、「神は真実な方です。あなたがたを耐えら れないような試練に遭わせることをなさらず、試練と共にそれに耐えられるよう逃 れる道も備えてくださいます」(1コリント10:13)の「逃れる道」と訳され ています。わたしたちが見るべきものは、その人自身と言うより、その人の内に働 いている神の言葉、そしてそこで証しされている「昨日も、今日も、そして永遠に 変わることのないイエス・キリスト」だ、ということです。現在の指導者について 語られていることもユニークです。彼らは「神に申し述べる者として、あなたがた のために心を配っている」、だから、彼らを嘆かせず、喜んでその職務が果たせる ように、その言うことを聞き入れなさい、と言うのです。これは、指導者への服従 の勧めと言うより、指導者の務めを明らかにしています。
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