マラキ書 3:1-5 ; フィリピの信徒への手紙 1:3-11
フィリピの教会にあてた手紙のはじめに、パウロは心のこもった熱い言葉で教会 のための執り成しの祈りをしています。 「知る力と見抜く力を身につけて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に 重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清いもの、と がめられるところのないものとなり、キリスト・イエスによって与えられる儀の実 をあふれるほど受けて、神の栄光とほまれをたたえることができるように」と。 フィリピの教会は、マケドニアに渡って最初にできた教会ですが、パウロら伝道 者一行が使徒言行録16章に描かれている興味深い出来事があって、わずか数日間 の滞在で生まれた教会でした。この教会は、実に健康な成長を遂げていることがこ の手紙によってわかります。キリストに結ばれて堅く立って歩んでいるだけでなく、 パウロの伝道を助けて物質的な援助も惜しまず、パウロが獄に入れたれたときには、 エパフロデトという人を遣わしてその介助をさせたことが知られています。「祈り のたびにあなたがたのことを思い起こして、喜びをもって祈っている」というのも、 単なる美辞麗句ではなく、パウロの本心からのものであることは確かです。その喜 びの核心は、「福音にあずかっている」という言葉にあります。「あずかる」(ギリ シャ語の“コイノニア”交わりを意味する)という言葉の幅と奥行きは日本語では 十分に伝わりませんが、福音に共にあずかり、共に感謝し、共に担う仲間として、 喜びと信頼に満ちた絆で結ばれていることがわかります。それは「キリストに結ば れて」(in Christ)というキイ・ワードによって結ばれた関係です。 この交わりの中で、「あなたがたの愛が、知る力と見抜く力を身につけてますま す豊かなるように」と祈っています。「深い知識と鋭い感覚ににおいていよいよ増 し加わり」と口語訳では訳されていますが、愛は理解と認識の深まりと同時に、見 抜く力、あるいは鋭い感覚において深まり成長しなければならないことを教えられ ます。表面的・現実的な認識を超えた深い洞察、経験的な知恵、カンとかコツとい われるような他者認識が必要だというのです。この祈りは、クリスマスを前にして、 キリストの日に備えるわたしたちの生き方が向かうべき方向であり、祈りです。キ リストの愛に出会い、そこから生きることへと向き変えられた生き方です。
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