12月22日
1996年12月22日

「言のうちに命があった」

ヨハネ1章1−18、創世記11章1−9


 クリスマスの喜びを深く言い表している言葉は、「言は肉体となってわたしたち

の間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た」というヨハネの言葉です。すべて

のものが成り立っている言葉、それにいらなければなにものも存在しない根源的な

ことばがイエス・キリストにおいて肉体を取って現れた、しかも、わたしたちの間

に宿られたということの喜びの深さを味わうのは容易ならざることです。

 その喜びを理解するために、バベルの塔の物語は助けになるでしょう。神が全地

の言葉をみだされて、天にまで届く町と塔の建設ができなくなったという有名な物

語です。この物語を、「散らされる」ということばと「一つになる」ということば

を追っていくと、ここで語られている重層的な深い意味が理解されます。人々は東

の方から移住してシンアルにつくとよい地を見つけてそこに落ちつき、町と塔を造

るのですが、その動機は、「全地に散らされることのないようにしよう」というこ

とです。統合して拡散するのを防ごうとするのです。これは、前後の文脈からする

と、神の「産めよ、増えよ、地に満ちよ」という、洪水以後の人々に与えられた、

祝福にたいする反逆の意味を帯びています。人の悪と罪にも関わらず神が祝福し備

えてくださった世界に広がっていくのではなく、最もよい地を自分たちのために確

保し占有しようとする意味です。また、町を建て塔(ミグダル−おおいなるもの)

を建てるのは、名前を残そうという意志の現れでもあります。これらは「神のよう

になろうとする」という罪の根源に連なることです。つまり、ここで神の求める拡

散と統合にそって生きようとするのではなく、神に反逆しながら統合し拡散を防ご

うとしている人間の姿が描かれています。天に届く塔を建てること、ここには協力

があり、学習があり、技術の革新があります。知識に従った管理と組織化の見事な

結集があります。

 神はこれを見て言葉を混乱させられ、「互いの言葉が聞き分けられないようにし

よう」とされ、混乱させられた言葉をもって、全地に拡散させられることになった

のです。ことばが通じない世界、互いに聞き分けることができない世界の実態は、

わたしたちが日々経験している世界です。この世界に、主はまことのことばとして、

わたしたちの間に宿り、混乱したことばの事態を回復してくださった。これは主イ

エスを知り、主を信じることへと導かれたものの、現実的な経験を言い表していま

す。
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