3月23日
2014年3月23日

「 どのような仲保者を求めるべきか 」

イザヤ書 53:1-10 ; コリントの信徒への手紙二 5:16-21


『ハイデルベルク信仰問答』は人間が生まれながら持っている罪の状況を明らかにし、

その事態から赦され解放されるためには、償いがなければならないが、自らの力によ

っても他のどんな被造物によっても償いはできないという苦境から、「わたしたちは

どのような仲介者、また救済者を求めるべきでしょうか」と問い、「真実の正しい人、

しかも、すべての被造物よりも強力な方、すなわち、また、同時に神であるようなお

方です」という結論を導き出しています。このような救済者像は、人間の側から人間

の願いや必要から生み出されたものではなく、聖書が証しする、真の人、真の神であ

る主イエス・キリストの存在の秘跡に近づくための論理です。イエス・キリストはた

だ人間であるだけではないという事実、あるいは、キリストの神性はその人間性の中

に隠されている事実、あるいは、その人間性の栄光をその神性によってあらわされる

という神秘に導くものです。

 2コリント5:16以下でパウロは主イエス・キリストによってもたらされた救い

を「和解」という言葉によって表現しています。敵対する関係から正しく良い関係に

回復し変わることを意味する言葉です。神と人との和解、人と人との和解が主イエス

の十字架において実現したことを明らかにするのです。そこで語られることがわたし

たちの救いの核心となります。1)すべてのことは神から出ています。人間の苦境や

知恵や願いからではなく、神の側から人間の罪の状況を正常にしたいという熱情が救

済の出発点です。2)神は「わたしたち」と「世」を御自身と和解されます。わたし

たちという具体的な和解の対象と和解の現実を示されると共に、その対象は全被造物、

すべての時代の神に造られたすべてのものを含みます。3)和解は「キリストを通し」、

「キリストにおいて」成し遂げられました。和解の働きの中心はここにあります。キ

リストによって成し遂げられた働きを「人々の罪の責任を問うことなく」とか、「罪

とは何のかかわりのない方を罪となさいました」と語られます。4)このキリストの働

きによって「わたしたちは神の義を得ることが出来たのです」と関係回復だけでは終

わらない新しく祝福された命の道が開かれたのです。


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