12月28日
2014年12月28日

「 神の子となるために 」

イザヤ書 61:10-62:3 ガラテヤの信徒への手紙 4:1-11


 ガラテヤの信徒への手紙には、キリスト者とは何者であるかについて極めて重要な

定義が示されています。「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれ

て神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着

ているからです。そこではもはや、ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分

の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つ

だからです」(3:26〜28)。この定義には、さらにもう一つのことが加えられ

ています。キリスト者は神の子なのだから「神によって立てられた相続人でもある」

というのです。相続人となるということは重い言葉です。それは単に、罪を赦され、

解放され、和解を受け、慰められるといった恵みにあずかるだけでなく、天の資産の

すべてを所有する者となるということですから、一時的な祝福とか恵みとかをはるか

に超えた、極めて実質的なものにあずかる約束です。

 この世の資産、財産を受け継ぐためには、有形のものであれ、無形のものであれ、

相当の資格と資質、そして、修業、修練を要します。そうでなければ、折角の資産も

やがて散逸し、確かな所有にならない例をわたしたちは良く知っています。天の資産

にあずかるための資格と資質はどのようにして養われるか、どのような修業・習練が

必要か、このことについてパウロが語っていることに注意深く耳を傾けなければなり

ません。次のように言っています。「しかし時が満ちると、神は、その御子を女から、

しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。それは律法の支配下にあ

る者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。あなたがたが子である

ことは、神が、『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に贈ってくださ

った事実から分かります」(4:4〜6)。

 わたしたちが天の資産の相続人になるための決定的な要件は「神の子とされること」

です。それはわたしたちが何かをするのではなく、神が、御子を遣わして、御子の贖

いの御業を通してなさったこと、そして、御霊の働きを通して、わたしたちの心に

「アッバ、父よ」と叫ぶ霊を送ってくださったことによる、というのです。わたした

ちの希望は、主イエス・キリストによってなしとげられた贖いを信じひたすらこの霊

によって主を呼ぶことに掛かっています。


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