マルタは主イエスの前に独り立ちました。ラザロの死に心打ちひしがれています。
そして主イエスと<共に立つ>ていました。そこから二人の信仰の対話が始まります。
マルタは「主よ、もしここにいてくださいましたら、わたしの兄弟は死ななかったで
しょうに。しかし、あなたが神にお願いになることは何でも神はかなえてくださると、
わたしは今でも承知しています」と言いました、主イエスの応えは「あなたの兄弟は
復活する」でした。
マルタは「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」といいます。
主イエスは「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。
生きていてわたしを信じる者は誰も決して死ぬことはない。このことを信じるか」と
言われました。マルタは「はい、主よ、あなたが世に来られるはずの神の子、メシア
であるとわたしは信じております」と。続けて彼女は「しかし、あなたが神にお願い
になることは何でも神はかなえてくださると、わたしは今でも承知しています」と言
います。
主イエスは「あなたの兄弟は復活する」と言われました。しかし、マルタはこの言
葉をよく理解できませんでした。これまでのマルタの言葉に対し、主イエスは「わた
しは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわた
しを信じる者は誰も、決して死ぬことはない。このことを信じるか」と言われました。
今日与えられた御言葉の核心となるところであります。
終わりの日に起こるべきことが、今、この主イエスにおいて、すでに現在のことに
なっているということです。主イエスご自身が復活そのものであるが故に、復活は単
に理想でも幻想でもなく、復活は現実であるということです。「わたしは復活であり、
命である」という言葉に続けて、「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きてい
てわたしを信じる者は誰も、決して死ぬことはない」と言われました。
ところで、「このことを信じるか」との問いに対してマルタは「はい、主よ、あな
たが世に来られるはずの神の子、メシアであるとわたしは信じております」と、告白
します。それは彼女が、「わたしは復活であり、命である」という主イエスの言葉を
正しく受けとめたということであります。
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