4月7日
2019年4月7日

「フィリピ@-人はつながりの中に」
 武田 真治 牧師  詩編 23:1-6 フィリピの信徒への手紙 1:1-7


 新約聖書の中には『手紙』がたくさん収められています。27の文書の内、22

が手紙(ヨハネの黙示録も手紙形式)です。なぜ手紙が多いのかと言えば、その手

紙を書いている者の思いや気持ちがとても良く伝わってくるからでしょう。

 このフィリピの信徒への手紙も、著者である伝道者パウロの思いがよく伝わって

来ます。特に、彼が牢獄に入れられている時に書いている手紙(獄中書簡)ですか

ら、尚更です。

 そう思いながら読んで行きますと、しかしその言葉の明るさに驚かされます。

「わたしは、あなたがたのことを思い起こす度に、わたしの神に感謝し、あなたが

た一同のために祈る度に、いつも喜びをもって祈っています」(3〜4節)とあり

ます。もちろん、囚われの身であり、足かせを履かせられ鎖で繋がれており、食事

もまともに与えられない状態でした。前途を不安にさせる要因もたくさんありまし

た。そんな中で、あなたがた(=フィリピの教会員のこと)を思い起こすだけで感

謝と喜びに包まれると彼は告白しています。どうしてでしょう。

 その理由は「あなたがたが最初の日から今日まで、福音にあずかっているから」

(5節)だと言っています。フィリピ教会は、パウロが開拓伝道をして出来た教会

でした。でも、すぐ他所へと離れなければなりませんでした。後ろ髪を引かれる思

いであったでしょう。しかし、そこから今までずっとフィリピ教会は良き信仰に生

きていたのでした。教会として発展し、がんばっている姿が何よりパウロを喜ばし

ていたのです。いや、むしろ、その教会の姿が厳しい状況にあるパウロを励まし、

支えとなっていたのでした。私たちも頑張っている同信の友の姿を見る時、励まさ

れ、生きる力となります。私たちは繋がりの中で生きています。自分が何とか信仰

を持ち続けていることは、自分一人の問題ではなく、私たちを導き、信仰に与えら

れるために関わって下さった方々の祈りと願いの結晶であり、私たちが信仰に生き

ている姿は、その人達を励ますのです。

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