6月23日
2019年6月23日

「フィリピI−世にあって星のように輝く」
 武田 真治 牧師  フィリピの信徒への手紙 2:13-16


 イエス様は、ガリラヤやユダヤの人々からは『ヨセフ(=マリアの夫)の子』と

呼ばれていました。しかし、イエス様を信じるようになった者たちは『ヨセフの子

ではない、神の子だ』と呼ぶようになります。そこから洗礼式で『イエス様は神の

子です』とみんなの前で言うことが信仰告白と見做されるようになって行ったので

した。そして更に大事な信仰内容が、その神の子イエス様が十字架にかかって下さ

ったことによって『私たちも神の子とされた』という事を信じ、感謝できるように

なることだと言い得ます。それがキリスト者の信仰です。

 今日の箇所でパウロが「よこしまな曲がった時代の中で、神の子として星のよう

に輝き」と語っている言葉の中で、「子」も「星」も実は複数形であり、まさに私

たち信仰者のことを指しており、私たち一人一人も「神の子」であることは当然の

こととされているのです。

 もちろん、完全な神の子となるのは天のみ国に行ってからのことです。そこでイ

エス様と同じ姿に変えてもらえるという嬉しい約束を与えられています。ですから、

今のこの世ではまだ「神の子」として未熟だということになります。けれども、既

に神の子として私たちは天と聖霊によって繋がっているのです。故に、この世にあ

って天のことを人々に知らせることが可能になっていると言い得ます。それをまさ

にパウロは「(この世で)星のように輝いている」と言っているのです。それはこ

の世的に成功しているとか、目立っているとかではありません。天から神さまのこ

とを人々に知らせる、人々に天へと目を向けさせるために、天からの光を注いでい

る「星」だと言っているのです。私たちが放つ光があるとするなら、それは自分の

輝きではなく、神様からの光を分けているだけのことなのです。私たちは、神様の

ことをこの世の人々に知らせることで「星」となれるのですね!
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