宗教改革者のカルヴァンが推奨した連続講解説教では基本的にクリスマスで
もイースターでも変わらず講解説教を続けるようにと指導されて来ました。そ
れは聖書のどんな箇所からでもクリスマスやイースターのメッセージは読み取
れるという確信に基付いています。とはいうものの、時にはとてもこれではク
リスマス礼拝で語れないと途方に暮れることもあるのですが、今回の黙示録の
箇所はクリスマスに関係が深く主に感謝しています。ここには「天使」や「星」
や「燭台」などクリスマスに特に関連するアイテムが登場しているからです。
幼い頃、クリスマスのお話しの中で「天使」や「星の導き」等に不思議な感動
と目に見えない存在への畏れとあこがれを持たれたことが皆様もあるのではな
いでしょうか?
今日の箇所に「あなたはよく忍耐して、わたしの名のために我慢し、疲れ果
てることがなかった。しかし、あなたに言うべきことがある。あなたは初めの
ことの愛から離れてしまった。」と言われています。いつのまにかイエス様に
出会った頃の感動や熱心さ、初めの頃の愛を失ってしまっていないかと諭され
ています。信仰生活が長くなり知らぬ間に教会や信仰の事柄に慣れ親しみ、感
動や熱くなること少なく、この程度かという態度に変わって来てはいなかと。
新鮮な驚きと神様への畏れを失ってはいなかと。私たちもこの時に問われるべ
きなのです。
先ほど洗礼式を持ちました。皆様はどのような思いで立ち会われ、その告白
の証人となられたでしょうか。前の教会で、洗礼式の度に号泣される方がおら
れました。自分が救われた時の事、今までに至るまでの神様のお守りと導きを
思い、どうしても泣いてしまうのだと。洗礼式は一度切りですが聖餐式が毎月
あるのは、常にその思いを新たにしていくためです。初めの愛を今ここで!
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